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【比較画像】清原和博の現在が違いすぎる!別人化した理由とは?

【比較画像】清原和博の現在が違いすぎる!別人化した理由とは?

清原和博が覚せい剤取締法違反で逮捕されてから、約1年半が経過しました。

総合スポーツ誌『Sports Graphic Number』の清原和博の姿が「全く別人!」と話題になっています。

今回は現在の清原和博の画像を交えながら、別人化した理由などについて言及していきたいと思います。

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清原和博の別人化した姿

清原和博の別人化した話題の画像がこちらです。

清原和博の別人化ビフォーアフター画像

身なりはきちんと整えているものの、まるで中身がないような全く輝きを失ってしまった瞳。

覚せい剤逮捕前の清原和博は、トゲトゲしくギラギラした目をしていたように感じます。それも覚せい剤によるドーパミンの影響だっただけなのでしょうか。

清原和博が抱えた壮絶な苦悩

昨年3月に保釈された清原和博がどうしているかと気になっていた方も多いでしょう。

かつて、高校時代から甲子園で活躍し、プロ入りしてからも大きな功績を残した清原。

巨人の自由契約で退団が決まってから、華やかだった一流スーパースターの清原和博の転落が始まったのでしょうか。

  • 引退した後に、空いてしまった心の穴
  • 妻や子どもとの突然の別離
  • 薬物との闘い
  • 唯一支えてくれた友人の死


清原和博が抱えた数々の心の痛み苦しみを、量り知る事は誰にもできないでしょう。

清原和博は、現在その苦しみから逃れることができているのか?

『Number』を参考に、順を追ってご紹介していきます。

清原和博はなぜ覚せい剤に手を出したのか?

清原和博は『Number』のインタビューで「野球で死んでもいい。と思うくらい命を賭けてやってきた」と語っています。

野球のシーズンが始まると「自分はいったい何をやっているんだろう。」という空虚感に襲われる上、将来への不安しか感じない状態だったようです。

膝の痛みがひどくて子どもと遊べない。さらには、離婚を期に独りぼっちになってしまった時、覚せい剤に出会ったと言います。

人が何かに夢中になっていたものを無くした時、心にぽっかりとした穴が空いてしまうという表現をしますね。

清原和博は、まさに野球一筋とも言える人生を過ごしてきました。誰であっても、心の支えになっていたものを失ってしまった時、何かで埋めたいと感じるでしょう。

簡単に言えば、お腹が空けば何かを食べて満たしたいという本能と同様です。

もしそこまで大きな感情でなくとも、様々な似たような感覚があるはずです。

  • 大好きだったテレビドラマが終了したから、好みの番組を探す
  • 子どもも成長し子育てが一段落したから、何か楽しみはないかと自分の趣味を持つ


子どもが成長したとは言っても、ホッとした気持ちしかないと感じるでしょうが、実はこういった感情と何ら変わりありません。

それが大きければ大きい程、心の穴が塞ぎきれず自分ではコントロールできなくなってしまうのです。

それ程、清原和博が野球に賭けていた想い・野球に全てを捧げていた想いは、想像を絶する程大きかったと考えられます。

清原和博はその空虚感を埋めるため、覚せい剤に手を出してしまったと言います。

清原和博が覚せい剤を使用していた心境

清原和博の現在の別人化

清原和博は、覚せい剤を使用していたときの気持ちをこう語っています。

  • クスリを手にとって「あかん」と思って慌てて・・・という繰り返し
  • またやってしまったという罪悪感
  • いろんな人を裏切っている罪悪感が恐ろしく襲ってきて、それを消すためにまた使ってしまうこともある
  • どんどん転げ落ちていく感じ

出典:Number紙

覚せい剤などの薬物・またはアルコールや買い物依存症など、またそれに関わる人の心理もそういうものです。

「駄目だ。」「あかん。」それは充分にわかっているのです。でも空虚感を埋めたいがためにそれを繰り返してしまう。

「そうしなければ耐えられない。」と脳が囁くのです。一方では「それはいけないことなんだよ。」と囁く。

脳は、二つの人格を持っているとも言えますし、どちらも脳に変わりありませんが脳と心の葛藤とも言えるでしょう。

苦しいと思って使ってしまった時にもう後悔がはじまって、ブレーキが利かなくなる。

清原和博は自分自身の中で苦しみもがき、死にもの狂いで助けを求めていたのですね。

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清原和博の逮捕直前

清原は、続けてこう語ります。

後悔してもし切れない。逮捕直前は、本当にクスリをやめていたが、また突発的に使ってしまった。クスリは本当に恐ろしい。

清原和博が逮捕される前、最後に覚せい剤を買いにいったのは、1月31日と言います。

『まさに、清原和博が捨てようと思っていた時に踏み込まれた』というまるで警察が行動を全て見ていたかのような出来事だったと語っています。

せっかくやめていたのに、なぜまた使ったしまったんだろう。

留置場ではただひたすら天井を見つめて これからいったいどうなるんだろう そればかりだった。

清原和博は「後悔しかない。」と沈黙しました。

清原和博が釈放されてから

清原和博が2月に太陽を見てから次に見たのは、5月だったとのだとか。

太陽ってこんなに眩しかったか?緑はこんなに綺麗だったのか?

清原和博は、6月の1か月間は、繁華街のど真ん中の大阪の知人の家を借りて住んでいたと言います。

そして、その窓からは、18歳の全く打てなかった時期だった86年、阪急ホテルのルーキーの時に宿泊していた思い出の場所。試合が終わってから素振りをしていた屋上が見え、あの時のままの緑の芝生が見えたのだそうです。

なぜ、偶然にもこの景色を見るんだろう。

様々な想いが巡ります。

清原和博は、7月8月と東京に帰ってきました。
大阪にいる時は少しリラックスできたけど、東京では逮捕された現実と向き合って、再度苦しむことに・・・。

またカーテンは閉め切りで、みんなが起き出す頃に寝る生活を続けていたそうです。

清原和博の現在は!?

清原和博の現在

清原和博は、今年の3月からやっと散歩・ウォーキング、軽いジムワークなどをやり始めていると語っています。

保釈されて一人になってからは、トレーニングは1回もしてないと語る清原和博。

彼にとっては、ウォーキングや軽いジムでの運動は、一般の方とは違ってトレーニングには値しません。

清原和博が前へ進める準備は、充分に整っていると言えるのではないでしょうか。

後悔とこれからの不安、同じことの繰り返しが永遠と過ぎていく毎日

とはいえ清原和博は、少しずつ前進しているものの未だ、心に抱えた不安や葛藤、野球への想いを断ち切れていない様子です。

昨年末は、自分が大切にしてきた野球に対して失礼なので野球の話はできないと思ってはいたが、僕の人生は野球なしではないのかなと思います。

今はそうやって前向きな気持ちになろうと思っているが、精神的なものと肉体がついていかない。

「自分の人生には野球しかない。」こう語れる時点で、清原和博は大きく変化していると言えます。

時間をかけてやっていくしかない。

慌てずに一歩一歩一日一日 その日を生きていくことを考えてやっていくしかない。

事実清原和博だけではなく、人の人生は一歩一歩一日一日その日を生きていくことしかできません。

皆さんの期待を裏切って申し訳ない・・・ 今はそれだけ。

多くの方からの応援を担う有名人である清原和博だからこそ、人の期待に応えなければいけないという気持ちが余計にあるようです。

これからは全てを背負い込まず、自分自身のためだけに生きても良いのではないでしょうか?

清原和博が生きる目標を見い出し完全に更生。そして、新たな活躍をしてくれる事を願いたいと思います。

今回は以上になります。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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