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SMAPの若い頃がイケメンすぎる!昔と現在の姿を画像で比較検証!!

SMAPの若い頃がイケメンすぎる!昔と現在の姿を画像で比較検証!!

2016年末日をもって解散したSMAP(スマップ)。

ファンが望んだ最後のNHK紅白歌合戦の出演も叶わぬまま、「なぜ?」を残しその幕を引きました。

理由については各方面でさまざまな憶測がなされていましたが、「解散を撤回して欲しかった・・」というのがファンの本音でしょう。

日本芸能界を牽引し、活躍を人々の記憶に焼き付けたSMAPは、昔から現在までの5人の顔や姿がどう変わっていったのか?

今回は、SMAPのデビュー当時から画像と共に振り返りたいと思います。

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デビュー、そしてSMAP結成へ

SMAPデビュー当時の画像

デビューした当時、SMAPはまだアイドルというにも若すぎる年で世間に知られていくようになります。若い頃からイケメンだった彼らは、光GENJIのバックダンサーをつとめ脇役としての存在を示しました。

その姿にまだアイドルのオーラは感じられませんが、その後彼らはその存在感を発揮する大きなグループに成長していくのです。

SMAPの前身〜スケートボーイズ時代

1988年1月、週1でレッスンに通っていたタレント志望の少年たちの中から、ジャニー喜多川により、SMAPの6人を含む12人が選別されました。

スケートボーイズは当初、光GENJIのバックダンサーとしてデビューでした。まだ学生だった若い頃テレビで見られるようになった彼らは、学校で「昨日テレビに出てたよね?」と、声をかけられたそうです。

ジャニーズジュニアとして一躍有名になり、当然、学校でも人気ものとなった5人。もし学生時代に光GENJIという大きなグループのバックダンサーをしている男の子が同じ学校にいたら、ちょっと自慢してしまいそうです。

少し前に、中居正広が出演したスマートフォン用のリズムゲームCMが、この当時のパロディです。タレントととして大物の雰囲気がある中居が、かわいらしい姿で踊るギャップが印象的でしたね。

まだ駆け出しで幼さの残るそのSMAPの6人の顔には、将来の夢を描くまっすぐな目が見てとれます。

当時、6人はこんな話をしています。

  • 「歌とダンス、光GENJIのようなタレントに」
  • 「大スターになりたい」
  • 「歌える俳優になりたい」
  • 「立派な人間になる」



それぞれの思いや夢を持ちながら、その後SMAPデビュー25周年を迎える2016年まで、彼らの長きにわたる芸能活動がスタートしました。

新たなグループ結成〜SMAPの誕生

SMAPデビュー当時の画像

スケートボーイズとしてデビュー後まもなく、ジャニー喜多川により12人からさらに6人が選別され「SMAP」が結成されます。最年少の香取は当時、まだ小学生でした。

  • 森且行(もりかつゆき)14歳
  • 中居正広(なかいまさひろ)15歳
  • 木村拓哉(きむらたくや)15歳
  • 稲垣吾郎(いながきごろう)14歳
  • 草彅剛(くさなぎつよし)13歳
  • 香取慎吾(かとりしんご)10歳



【上段左から:森・木村(愛称キムタク)・中居】 
【下段左から:草なぎ・香取・稲垣】

森且行は、1966年オートレース選手に転身のためSMAPを脱退しています。

当時のジャニーズ事務所は光GENJIに続く新たなアイドル育成のため、かなり力を入れて売り出したそうです。ジャニーズに限らず当時の男性アイドルは、「作り上げられた理想的なイケメン」というイメージの印象を受けます。

逆に、それが非現実的な魅力を底上げしたのも確かです。しかし、それぞれが持つ「個性」が出せない虚構のアイドルは活動期間が短命であるのもまた事実でした。

かと言って、SMAPの始まりはその成功を最初から約束されたものではなく、良いスタートとは言い難かったのです。

SMAPは平成3年、「Can’t Stop!! −LOVING−」でCDデビューし、同年のNHK紅白歌合戦にも初出場。ただ、メンバー自身も後に振り返っているように、デビュー曲はジャニーズアイドルのデビュー曲で初めて「オリコン1位」を逃すなど、決して順風満帆な船出ではなかった。


売れるかどうかもわからない先行き不安だったSMAPとしての新たなスタート。しかし逆に、厳しい芸能界で真剣に生きていこうとするきっかけとなった10代のSMAPでもありました。

駆け出しの頃から爆発的に売れていたとすれば、もしかするとSMAPの大きな活躍はなかったかも知れません。

1991年と2015年のSMAP比較画像

  • 上before画像は、1991年リリースCD「Can’t Stop!! −LOVING−」より
  • 下after画像は、2015年リリースCD「華麗なる逆襲/ユーモアしちゃうよ」より



まだヤンチャさを残した印象を持つもののそれぞれが青年となり、芸能人としての顔つきに変わり始めました。バックダンサーのような脇役ではなく、SMAPという主役として一歩前進した責任感がそうさせたのでしょう。

SMAP20代〜男性グループアイドルとして頂点へ!

SMAPはこの頃から、アイドルとしての形を抜け出し一般的に親しみやすい形に変わってきます。

笑顔も穏やかになり、イケメンとしての雰囲気を残しながら老若男女問わず、受けの良い姿になってきました。このSMAPのスタイルは現在まで続きます。

バラエティー進出やドラマへの出演、この頃から中居はMCとしての資質を発揮し、SMAP5人のその後のスタート位置とも言えます。

そして、ここからSMAPが本格的な活躍の場へと乗り出していきました。

SMAPとして新たな活躍の場へ

SMAPと言えば、イケメンで歌が歌えてダンスもできて・・それがアイドルとしての姿。しかし一般世間に幅広く受け入れられたきっかけは、番組内でアイドルの領域を超え、親しみやすく身近に感じさせた事にあると言えるでしょう。

1996年4月、SMAPは自身の冠番組を持つことになります。みなさんご存知の『SMAP×SMAP』ですね。

2016年12月26日まで、彼らは20年9カ月という長きに渡る放送期間の中、つぶさにその成長をテレビで見せてきました。

青年から大人の男へ、経験を積み実績を重ね若い頃のかわいらしさから現在の凛々しさに徐々に変化していくその姿が見れました。

アイドルSMAPとしての顔からそれぞれが1人のマルチなタレントとして、豊かな表情を作り出すようになったのがこの頃です。

SMAP1993年と2015年の比較画像

  • 上before画像は、1993年リリースCD「$10」より
  • 下after画像は、2015年リリースCD「華麗なる逆襲/ユーモアしちゃうよ」より

アイドルとして異例のバラエティー番組

アイドルが笑われる存在に・・。今でこそ普通の番組作りではあるものの、当時、それは異例な事でした。

彼らには、個々にタレントとしての素質があったのでしょう。コントにおける笑いの取り方、料理の腕前、番組進行、そのクオリティの高さは他番組に劣らないものでした。

従来のアイドルの枠にこだわらず、新たな表現の場を自由に求めた事がさらにSMAP人気を増す要因ともなったのです。

まだ自分達の表現に迷いがあった5人は、「夢がMORIMORI」に出ていた当初、何をどうしていいのか戸惑いがあったようです。

SMAPは番組が終わってから、再集合して反省会をやっているらしい」という噂が業界に広まった。「若手芸人でも最近はやらなくなったのに」と大物タレントらが彼らを評価し始めたのだ。


これは当時、さまざまな芸能人が語っていた有名な話でもあります。

華やかな世界で楽しそうな一面しか見えませんが、影では人一倍番組作りに必死だったSMAPの5人。彼らの成功は素質だけではなく、5人の芸能界に対する前向きな努力によるものだったのです。

まだSMAPが結成して間もない頃、稲垣がバラエティー番組内で企画を嫌がった時のエピソードがあります。

「俺たちは、こういうこともやってかなきゃいけねーんだよ!」中居は稲垣を頬を平手で殴り、仕事に対しての向き合い方を気付かせようとしたのだとか。

リーダーである中居は相当なプロ意識があり、中居の仕事に対する向き合い方はその後のSMAPに大きく影響を与えていったのではないでしょうか。

SMAPの楽曲面での存在感

SMAPの画像

  • 1994年「がんばりましょう」
  • 1997年「セロリ」
  • 1998年「夜空ノムコウ」
  • 2000年「ライオンハート」


このように、次々とヒット曲を出していたSMAP。

SMAPは「夜空ノムコウ」で初のミリオンヒット、「ライオンハート」で2度目のミリオンヒットを記録しました。

どの曲も耳に残る歌詞とメロディーで、同年代として共感できたり、気持ちを代弁するような深い楽曲だからこそのヒットだったのでしょう。特にライオンハートは、SMAPをジャニーズアイドルから国民的アイドルに押し上げるほど、その歌詞に心を掴まれた人は数多いのです。

ソロでは、2000年に慎吾ママとして有名になった香取慎吾の「慎吾ママのおはロック」がミリオンヒットしました。この当時に大流行した慎吾ママの挨拶「おっはー」は、2000年の流行語大賞にも選ばれています。

俳優としてドラマの現場へ

SMAPの僕が僕であるために

20代には、5人でドラマにも出演するようになったSMAP。

  • 1997年「僕が僕であるために」
  • 1999年「古畑任三郎vsSMAP」


セリフ・演技力ともに、まだまだ荒削りなアイドルの演技ではありましたが、古畑任三郎では本人出演ドラマを演じきりました。後のそれぞれのドラマと比較すると、その表情の作り方や表現はまだ素に近いもので、個々の演技が定まらない印象を受けます。

しかしその後、ドラマのみならず映画の主演を演じるなど、その素質を発揮するきっかけともなったのです。

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SMAP30代〜機を熟し各々の活動へ

30代を迎え、さらに大人の男として凛々しく渋いイケメンに変わっていくSMAP。

20代で培った経験により、アイドルという可愛さは良い意味でだいぶ薄れてきた頃でした。20代後半から中居は番組MCや司会、木村・稲垣・草なぎ・香取はドラマや映画など多くの活躍を果たしました。

SMAP5人よりも、個々の活躍が特に目立つ時でもありましたね。

この頃のSMAPはアイドルではあるものの昔の雰囲気は無くなり、一人一人がその現場のプロとしてテレビ出演しているよう。特に映画の世界に入った草なぎは「名優」と言われるほどその素質を開花させました。

大人の男としての変化

これまで華々しく踊り歌い、テレビの番組に出るSMAP5人はアイドルグループSMAPの1人でした。

しかし個々の活動が活発していく中、そのイメージは徐々に「SMAPの1人」ではなくそれぞれが5人から独立していったと言えるでしょう。

2002年と2016年のSMAP比較画像

  • 上before画像は、2002年リリースCD「freebird」より
  • 下after画像は、2016年リリースCD「SMAP25YEARS」より


司会として活躍する顔・俳優として活躍する顔・バラエティーで活躍する顔。それぞれの個性が世間に浸透していったのがSMAPの30代です。

10代20代の若い頃は、まだ「SMAPの○○」の感じがあります。ですが、SMAPという形を飛び出して個人の個性そのもののイメージが定着していった・・そんな時でもあります。

役者という経験を積むことで表情に「隙」がなくなり、自然な凛々しさを増していきましたね。

世界に一つだけの花

2003年、現在でもSMAPの代表曲ランキングで断トツ1位の曲、「世界に一つだけの花」がこの年にリリースされました。

”NO.1にならなくてもいい? もともと特別な Only one”

【世界に一つだけの花? 歌詞より】


この曲の『個性への考え方』が、どれだけの人を救ったか・・。解散時には売上げ枚数300万枚を達成。リリースされた年にはグループとして史上初、紅白歌合戦の大トリとしてその大役を務めました。

SMAPは男性アイドルグループ歌手として、その頂点に立ったのです。

SMAP各々の芸能活動

SMAPは、バラエティーにドラマに映画にと同じように活躍していましたが、方向性は経験とともに変わってきました。

  • ドラマ・映画として活躍する木村拓哉と稲垣吾郎
  • 自身の番組を持ち、ドラマや映画の世界で活躍する草なぎ剛と香取慎吾
  • 番組MC・司会としての顔が定着し「中居の〜」という自身の番組を、いくつか持つようになった中居正広


それも単純にMCとして仕事していただけではなく、番組視聴率も高く結果を出していきます。そして、その分野では「大物」と言われるほどの活躍となりました。

SMAPの中で香取は最年少でありながら、『SMAP2008super.modern.artistic.performance tour』から、演出を手がけるようにもなりました。

10代の若い頃は番組に遅刻したり、中居の自宅に泊まってトークやアイドル哲学を叩きこまれたりと・・タレントとして未熟だった香取。30代を迎え大人としての立ち振る舞いに磨きがかかり、成長がもっとも目立っていますね。

SMAP40代〜突然の解散騒動

SMAPデビュー当時の画像

SMAPはこのままジャニーズアイドルとして芸能界のトップを走り続け、ファンを楽しませてくれる。これからもバラエティーやドラマ、新たな楽曲を提供してくれるだろう・・そう誰もが疑わなかったでしょう。

しかし、40代になったSMAPに「解散」の2文字が徐々に近づいてきます。SMAPの担当マネージャーであった飯島氏の独立の動きに、木村以外の4人が追随した形になってしまった事が発端でした。

SMAPが見せた5人の素の姿

さかのぼりこの解散騒動より2年前、SMAP結成25周年の2013年に「SMAP×SMAPはじめての5人旅」が放送されています」。

マネージャーやスタッフは同行せず、5人がレンタカーや宿の手配までをおこなった一泊二日の有馬温泉。

SMAP×SMAPはじめての5人旅の画像

その温泉で、自分たちの曲であるSMAPの歌を23曲も熱唱しました。その中の一曲で、中居が号泣した「BEST FRIEND」。

泣いた事を聞かれた中居は「あの歌が発売された頃はつらいことしかなかった」と語っています。

「BEST FRIEND」は1992年にSMAPの4枚目にリリースされたシングルの収録曲。この時代はSMAPが結成されて間もない頃で、CDも思うように売れずコンサートの観客もまばらだった、もっともつらい時期でした。

リーダーとして必死にSMAPを作り上げようとしていた・・そんな思いが伝わってきます。今思うと、あの映像がSMAPとして見せた最後の自然な姿ではないでしょうか。

40代を迎えた顔の変化

高須クリニック院長へのインタビューで、「カッコイイ年の重ね方をしているのは誰?」という記事がありました。

香取慎吾は1人だけ最年少の30代でありながら他のメンバーと同じに見え、分の悪い老け方をしていると、高須院長は語ります。


香取慎吾は激太り激やせを繰り返していましたね。草なぎは最近太ったと話題になっています。

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顔の系統で老けやすいのが草なぎ、木村は年相応、稲垣は変わらないと語っています。中居は髪の事を言われていました。40代ともなれば、世間的には中年です。

あらためて昔のSMAPの若い頃の10代、20代、30代と現在の画像を見比べていくと、各々の経験や努力が重なり確かに年相応に老けています。

1991年・1993年・2002年・2016年のSMAP

こちらの画像は、上から1991年・1993年・2002年・2016年のSMAPです。

年相応に「カッコ良くなっている」「渋くなってきている」と言えますね。いくつになってもイケメンの5人です。

解散騒動と謝罪会見

飯島氏はマネージャーではありません。事務職という立場ながら、後にSMAPを芸能界で活躍させるためにもっとも尽力した人物と言われています。

その飯島氏が退社と同時にSMAPを連れて独立の話があったのだとか。木村が残留を決めたため「SMAP分裂」という形になります。それが2015年秋頃。

その後2016年1月、一連の騒動に関して「SMAP×SMAP」の番組内で謝罪会見を行いました。

それまでのSMAPはリーダーの中居が中心となっていましたが、この時は木村が中心となる異例の謝罪会見。会見に臨んだ際のネクタイも他のメンバーが黒に対して、木村だけ白でした。

キムタクは激やせが心配されていましたね。

この時、多くの人がSMAPが5人というそれまで「当たり前」だった姿に、違和感に似た変化を感じたという意見もありました。価値観の違いにより、感じ方はさまざまです。

ストレスや不安を感じると、激やせ激太りの原因につながってしまいます。メンタルは肉体にまで影響を及ぼしてしまうのです。

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SMAP、ついに解散へ

SMAPデビュー当時と現在の比較画像

謝罪会見を行い一度は解散が回避されたものの、2016年8月14日に事務所よりSMAPの解散が正式に発表されました。

スポーツ新聞の1面は「SMAP解散」と大きく報じ、その後の菅義偉官房長官も定例記者会見においてこう語っています。

国民的なアイドルグループとして、今日まで長きにわたって続いて、多くのヒット曲を生み出すと共に、テレビの中では大きな存在だったと思います。

【12月27日 定例記者会見 菅義偉官房長官のコメントより】


SMAPの「世界に一つだけの花」の歌詞になぞらえて、「特別なオンリーワンとして、活躍をしていただきたい」と話しました。SMAPがファンのみならず、日本国民にとっていかに大きな存在であったかを、あらためて感じた時でもあります。

SMAPの5人みな自分自身の中でも、少なからずそれは感じていたのではないでしょうか?

解散後の今、それぞれの道へ・・

SMAPが解散した現在、稲垣・草なぎ・香取の3人はジャニーズを退社しファンサイト「新しい地図」を発表しました。

「新しい地図」公式サイトはこちら

発表されたその動画は独特で、これから何かが始まりそうな予感がします。最近では10月16日に、映画製作を発表しました。タイトルは『クソ野郎と美しき世界』です。どんな映画になるのでしょう。

詳しくは公式サイトに、順次発表されると報告がありました。

香取はアートの世界に向かうようです。10月28日からの「カルティエ」の期間限定ギャラリーに香取のオリジナルアート作品を展示することになっています。大きく活躍してくれそうですね。

稲垣・草なぎはこれまで同様にバラエティー・ドラマなど、テレビの仕事もしていくようです。これまで培ってきたものが発揮される時で、今後も新たな活躍を応援したいですね。

ジャニーズに残った木村は映画の世界で、中居はレギュラーが多数ありますのでMCとしても活躍が期待されます。

SMAPという大きな存在は無くなりましたが、それぞれがまた経験を重ねSMAP以上の存在になっていくのでは・・そう感じます。
SMAPデビュー当時の画像

  • スケートボーイズとして華々しくデビューした10代
  • SMAPを結成し、5人で力を合わせて必死に積み上げた20代
  • ソロの活躍の場が増え、個々の存在感を高めた30代
  • そして、解散を迎え新たな道を歩み始めた40代


SMAPの若い頃のイケメンアイドルとして芸能界を見つめるその顔は、いつしか一人の頼もしいプロとしての顔つきに変わっていきました。

SMAPの5人は、今後それぞれどんな活躍を魅せてくれるのか?期待したいと思います。

今回は以上になります。

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最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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