遠野なぎこが激太り!体重は!?


こんにちは。
ダイエットアドバイザーのJUNです。

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今回は、遠野なぎこがどうして激やせから激太りしたのか?その理由について、またその時の体重の変化について言及していきます。宜しくお願いします。

今回は、こころしてご覧になってください。彼女の壮絶な戦いをお伝えしていくことになります。

でも、このお話は対岸の火事ではありません。誰でも起こりうることですし、紙一重のお話しです。

冒頭でもあったように、遠野なぎこの体重が一気に落ち、そして一気に太ってしまった原因は、「摂食障害」という重い“こころの病気”です。

遠野なぎこが母への恨みを語る.jpg

「他人からしてみれば、何でそんなに悩んでいるの?」とか「気にしなければいいのに・・・」といった声が上がるかもしれませんが、それは彼女に深く根付いた深層心理を解明していかないと理解できない事だと思います。

ここで、少し遠野なぎこの公に公表されている生い立ちについてお話していきます。今回のこのブログの特徴は、一つ一つの言葉に着目していきます。その理由は、言葉の中に含まれる心理的なものも感じて頂きたいからです。

1)子役として幼いころから女優業をしている。

遠野なぎこ自身、一度はこの仕事に疑問を抱いていたそうです。そのためか休業しましたが、夢の中にでも自分が演技をしている様子が出てくるようになり、一度おやすみしたものの、気持ちを奮い立たせて、再び復帰しました。

この疑問という所です。幼いころからはじめている仕事ですから、女優業という仕事の本質を知らないままで過ごしています。子供は感情が豊かです。楽しいかつまらないかです。そういう点でいうと、あまりやりたくない仕事だったにもかかわらず、何となくやらされている感じが伝わってきます。

そして、仕事を復帰した時に奮起したとあります。仕事というものは本来「やらなければならない」というよりは、「やりたい!!」という気持ちがあるはずです。奮い立たせるという所に違和感があるのがわかります

2)幼少期から親からの虐待を受けている

遠野なぎこは親から虐待を受けていたそうです。先ほどあった“違和感”を証明するように、親のために子役の仕事を続けざるを得なかったのです。

しかも、その子役が人気者だったせいか中学校では苛められることになります。子供たちって羨ましいとか妬みでイジメが起きてしまうため、陰険ではあるにせよ、それが年頃なりの世界なのです。そんな時は、親が「大丈夫だよ。私は味方だから・・・」、「止めてもいいんだよ!」というちょっとした一言があるだけで、続けられたかもしれません。

しかし、親の言いなりにしかなることのできなかった遠野なぎこは、親にも同級生にも甘えることができないまま仕事を続けていたのです。

15,16歳の頃に出演した「未成年」というドラマの時に、ついに彼女を襲ったのが人格崩壊でした。人付き合いに対しては飽きっぽくなってしまったり、冷めた性格で何に対しても感情表現が出てこないのです。

この時期が本人曰く、我慢の限界であったようです。

もうこうなってしまっては、まともに人と付き合うことができません。もう完全に殻から頭を出さなくなってしまったのです。素直な気持ちを出すが故に、それだけでショックなことを受けるのであれば、もう絶対に私という人間は出したくなくなるのは当然でしょう。

遠野なぎこは、父親の記憶がほとんど無いそうです。ただ一つ覚えているのは、小学生時代のことです。ということはそれ以降はすっかり心を閉ざしているというのがよくわかります。覚えていないのですから。

彼女が小学校の時、父親が自分の学校に来て、遠野の頭を自動車に押さえつけるなどの暴行をしたそうです。父親の記憶はたったそれだけです。そこに、悔しいとか苦しいとかの感情はもうありません。無表情なのです。表情だけではないです。心が「無」なのです。だから、何も覚えていない。

大人になった遠野なぎこは、父親の暴行について「憎しみなどない。むしろ、もうどうでもいい」というレベルにあるそうです。しかし、だからと言って親がこれまでにやってきた暴行について、「許す」という感情は全くありません。その理由は、「自分がもしこのことについて許してしまったら、今まさに虐待で苦しんでいる子供たちや、その頃の自分ですら裏切ることになる」と言っています。

当然、これは本人の考え方ですから、自由です。ただ、一方でこういう考え方もあるというものをお話しておきたいと思います。

「許せない!!」という感情がもたらすことは、交感神経というよく言えば“やる気が高い”でもちょっと間違えると“コントロールが効かなくなる”そんな神経がやたらと活発になると言われています。

つまり、カラダは緊張状態ですから、硬くなって硬直したり、バリバリな状態です。痛みの感じない状態と言った方がわかりやすいでしょうか!?

一方、「許す」というのは副交感神経というリラックスを促す神経がいっぱい出てくるので、緩い状態になって、緊張がほぐれていきます。実をいうと、免疫力はこの副交感神経が活発な時の方が強くなると医学的にも言われています。

遠野なぎこが被った虐待は私たちには全く理解のできないことです。ただ、少しでも「許してあげる」という気持ちが芽生えてきたら、それはそれで捉え方が変わってくるのかもしれません。

3)今もなお、様々な病気で治療中である

遠野なぎこは以前、ある番組の取材で、「唐辛子をサラダにかけ過ぎたり、休日になると朝から酒を飲んでいる」ということがわかり、このままいくと健康的にも大きな被害を受けることになると警告を受けたことがあるそうです。

また、ある番組では人間ドッグに入った際に「余命7年」とまで診断が下ったのです。テレビでいかにインパクトを出さなければいけないとはいえ、この事実はかなりショックだったのではないでしょうか。

病気というのは、ある意味数値的に見れば、全く問題がなくて100%正常であるのは今の時代、きっと難しいはずです。様々な検査法がありますし、性能が高度であるからです。しかし、決して出演しているゲストにも、視聴者の人にも不安の気持ちを煽るような内容ではあってほしくないといつも思っています。

遠野なぎ子は、テレビで発言したり、自叙伝を書いたりと彼女の過去について告白しています。「過食嘔吐」や「強迫性障害」のことや、アルコール依存症であることも綴られているようです。そのせいか、以前よりは病気が良い方向に向かっていると本人が言っています。

先ほどの「許す」という言葉を使うのであれば、遠野自身、自分のことは許すという気持ちになれたのかもしれません。彼女のブログの読者数をみると2万人を超えています。そして、本やメディアでの発言をいれたら、どれだけのユーザーが彼女の言動に耳を傾けているでしょう。おそらく相当の数の人です。その人達の前で自分自身が受けてきたこと、そして今もなお患っている病気について告白する勇気といったら並大抵のことではありません。

それは、きっと自分を許し、そして同じような思いでいる人達に彼女なりに「届けられるものを贈りたい」、そういう気持ちになれてきたのだと思います。

遠野なぎこのブログを観ていると、毎回、二匹の猫が登場してきます。彼女が心から愛している猫だそうです。茶色いのがメインクーンの“悠”くん、黒いノルウェージャン・フォレストキャットの蓮くんです。

ここにも実は、意味がありました。

遠野は、「醜形恐怖症」という病気にも苦しめられています。これは、自分自身の姿・形、スタイル、顔すべてが見ていられない程、醜いものだと思ってしまうので、絶対に見ることができないという病気です。

高所恐怖症だとしたら高い所に行けない、そして閉所恐怖症であれば狭いところにいくとパニックになってしまうといった病気ですが、同じ様なものです。彼女自身の顔をまともに見ることができないのです。ですから、テレビ番組などで自分の顔がモニターに映っている時はなるべく見ないようにしているのです。お風呂に入る時も自分のからだを直視することはできません。恐怖に脅かされるそうです。

しかし、この二匹の猫とのショットだけは自分のことを醜いとは思わなくて済むため、一緒に写真に写ったり、ブログにアップしたりしています。

太った遠野と大好きな猫の画像.jpg

遠野なぎこは、圧倒的に周りからの「愛」が足りないのです。どこにいても安心できる場所がない、摂食障害と絡み合って自分という存在自体愛することはできないのかもしれません。とても悲しいことです。

ここから、遠野の体重についてお話したいと思います。

もうすでにご理解いただいていると思いますが、彼女の体重の変動はこうした心理的な変化に依って大きく変化しています。

まず、彼女の体重が大きく変化したのは、15歳の頃です。15歳といえば高校生の頃でしょうか。まさに思春期真っただ中です。大抵、この頃というのは身体も女性らしくなっていきますし、いっぱい食べる時期と言われています。

よくあるのが、スポーツ選手の激太りです。水泳やフィギュアスケートなどは中学生の頃から活躍している女性アスリートがいますよね。有名なところだと岩崎恭子さんの中学生でオリンピック金メダル獲得や、浅田真央ちゃんでしょうか。

こういった選手が思春期に入ると、突然スランプに陥ることがあったりします。それが思春期による太ったり痩せたりするといった体重の変化がよく出現してくる頃だからです。

当然、遠野なぎこも思春期に太り始めたそうです。「女優業をしているにもかかわらず」です。と思ったのは彼女自身ではなく、母親だったのです。そこで彼女の母は遠野に“吐く”という行為を教えたのです。

大量に食べても、吐けば太らない。理論的には正解かもしれませんが、それが彼女の過食嘔吐の最初でした。

さらに母親は、「白湯を飲みながらとか、麺類を食べたりするとより吐きやすい!!」という吐くコツを教えたというのです。母は娘には吐けという一方、自分たちは目の前で楽しそうに食事をしていました。そんな親たちを観て、一層症状が悪化したと言います。

女優業をやっていくためには、綺麗でスタイルも良くならなければならない。確かに言っていることは分かります。でも、本人がやる気や生きがいがあって仕事をしているならまだしも、親に言われたままでは、心の中で葛藤が起きてしまうのも当然だと思います。

「ただ、親にありがとう。良かったね。頑張ったね!!ご苦労様」と言われたかっただけなのに・・・・・。

親には吐けと言われる。じゃあそもそも食べなければ、痩せていくだろう。そして、痩せていれば親に褒められるに違いない。そう思っていたら、過食嘔吐ではなく拒食をするようになっていったのです。

「食べずにどんどん体重が落ちて痩せていけば親が褒めてくれる」この一心で、拒食した結果、体重はなんと30kg台になっていたそうです。

遠野なぎこの当時の身長はわかりませんが、おそらく160cmは超えていると思います。(現在、事務所のプロフィールでは164cmとなっている)

彼女の標準体重でいうと、56キロ。そして、スタイル的にも美しいとされる美容体重でも50キロ前後です。そうみていくと30キロ台というのがいかに異常な数値かがわかるはずです。

それが、高校生の頃の遠野の体重です。

一方、激太りの時は70kgもありました。約30kg以上の差があります。それは、ちょうど遠野なぎこが離婚したあとです。ちょうど29歳の頃です。

摂食障害という病気をもっていることよりも、彼女が好きだという彼の思いによって見事ゴールインしたはずではあったのですが、どうしても満たされない、何かと病気によってイライラしてしまうことから、わずか1ヵ月で「離婚してください!」と伝えました。

その後、彼はようやく2ヶ月後に離婚を承諾してくれました。

そして、離婚後に仕事が忙しかったこともあり、そのストレスから“吐かない過食”になり激太りしてしまったのです。

遠野なぎこの激太り画像.jpg

外にでると、細かい事情の知らない人達に、「何でそんなに太ったの??」、「体重は今どのくらい?」と言われることでさらに苦しい思いをしていました。

ここまでの流れはかなり割愛していますので、もう少し詳しく知りたいという方は、約2年前の2013年6月9日の遠野なぎこオフィシャルブログをご覧になってください。

2014年(34歳時)の彼女の体重は、47kgです。

そして、2015年1月30日のブログに「意識改革」というタイトルの記事があります。

そこで書かれていたのは、今遠野なぎこ自身、ダイエットで自分に向き合えているコト、そして醜形恐怖症にもかかわらず、自分の身体を見て触れるようにしていることです。

こちらは彼女の言葉です。
「勇気を出しまくって触れる、認識する、揉んでみるを繰り返しています!!」

そして、さらに現実と向き合い、現実から目を逸らさないことが大切だとも述べています。

結果も大切だけど、こうして向き合うという行動こそが重要だとも彼女の記事に書かれていました。

「自己愛の芽生え」です。自分自身を認め、そして自分の価値を認めるという気持ちになりつつあることが、この文章からヒシヒシと伝わってきました。

とても素晴らしいことだと思います。

私たちにできることは、そっと見守ることです。愛をもって待つことです。

今回は、遠野なぎこの激やせから激太りといった体重の変化と共に、心理的な変化がどう関わっているのかを重点的にお伝えしてきました。

彼女の戦いによって勇気づけられたあなたが、自分を愛し、明日が笑顔になるようにあなた自身と向き合う助けとなれれば幸いです。

今回は以上です。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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